Q:退職金は必ず払わなければならないのでしょうか。

1 退職金の法的性質

日本企業において退職金制度は広く普及していますが、そもそも法律上当然に退職金を支払う義務が生じるわけではありません。
従業員の退職金請求権は、賃金請求権と同様に労働契約上の合意(就業規則、退職金規定、労働協約など)や労使慣行に基づいて発生します。
つまり、退職金を支給するか否か、また、いかなる支給基準によるかは第1次的には使用者の裁量に委ねられています。

最高裁は、この退職金の法的性質について、「退職者が長期間特定の事業所等において勤務してきたことに対する報償及び右期間中の就労に対する対価の一部分の累積たる性質をもつ」(十年退職金事件・最判昭和58年12月6日)としており、退職金には①功労報償的性格と②賃金後払的性質があると考えています。

2 退職金の支給基準

一般的な退職金規定をみると、自己都合退職と会社都合退職とが区別し、同業他社への就職や懲戒解雇などの事由がある場合には、退職金を減額ないし不支給とする支給基準を設けているものが散見されます。

退職金の上記②賃金後払的性質を重視するなら、同業他社への就職等を理由に減額ないし不支給とすることは妥当ではありません。他方、退職金の上記①功労報償的性質を重視するなら、使用者にとって望ましくない事由がある場合に退職金を減額ないし不支給とすることは妥当だということになります。

最高裁は、同業他社への就職の場合に、退職金を通常の自己都合退職の場合の半分にするという退職金規定について、「本件退職金が功労報償的な性格を併せ有することにかんがみれば、合理性のない措置であるとすることはできない」(三晃社事件・最判昭和52年8月9日)としており、退職金の上記①功労報償的性質を考慮し、退職金の減額ないし不支給を認める立場をとっています。

他方、裁判所は、複数回の電車内での痴漢行為を理由に懲戒解雇し、退職金を全額不支給とした事案で、「賃金の後払い的要素の強い退職金について、その退職金全額を不支給とするには、それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要である」(小田急電鉄事件・東京高判平成15年12月11日)としていることから、退職金の上記②賃金後払的性質を考慮し、退職金の減額ないし不支給を無限定に認めているわけではありません。

よって、退職金の支給基準は、相対的なものであり、個別の事案ごとにその有効性やその適用の是非が問題になります。

3 退職金規定の積極的活用

従業員が会社に突然来なくなった、引継ぎ業務をせずに辞めてしまったなどのトラブルをよく耳にします。
従業員が退職時に引継ぎを行わないなどの場合に、信義則上の義務違反に基づき損害賠償請求が認められる可能性はありますが、その立証は難しく、これらのトラブルに対し、実務上、事前の防止策を講じることが重要となっています。

期間の定めのない労働契約の場合、民法第627条第1項によれば、従業員の解約(辞職)の申入れの日から二週間を経過することにより、雇用契約は終了します(なお、遅刻欠勤による賃金控除のない純然たる月給制の場合は例外有り。)。
就業規則等によって従業員からの退職予告の期間を伸長しているものをよく目にしますが、その有効性について争いがあり、従業員の辞職の自由を制限するものとして無効となるおそれがあります。

また、従業員が解約の申入れをし、その後、未消化の年休の取得申請をしてきた場合、「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当しなければ、時季変更権を行使することはできません(労基法39条5項ただし書)。
そこで、退職金規定に「従業員が引継ぎ業務をしなかった場合、退職金の一部を支給しない」などの支給基準を設けることで、(引継ぎ業務を法的に義務づけられるかどうかはおくとして、)従業員に引継ぎ業務を事実上促すことが考えられます(参照大宝タクシー事件・大阪高判昭和58年4月12日)。

近年、従業員の早期退職を促すため、早期に退職を希望する従業員に対し退職金を増額するといった規定を設ける企業も少なくありません。
このように、退職金の①功労報償的性質を意識し、退職金規定を積極的に活用することが、労働法務において重要であるといえます。

なお、前掲小田急電鉄事件では、「本件のように、退職金支給規則に基づき、給与及び勤続年数を基準として、支給条件が明確に規定されている場合には、その退職金は、賃金の後払い的な意味合いが強い」とされ、上記のような判断がなされています。このことから、退職金の支給基準の有効性やその適用の是非が問題となったときに備え、勤続年数が同じでも退職事由によって支給基準に差を設けるなど、退職金の①功労報償的性質を意識した支給基準の設定を行うことも考えられるところです。

さらに、就業規則(退職金規定)の変更に際しては、労働契約法9条ただし書、同10条によりその有効性も問題となりますので、この点も注意して下さい。