Q:敷金を返還しない敷引特約とはどのようなものでしょうか

 敷引特約とは、敷金の性質を有する敷金や保証金のうち、予め定めた一定額を控除し、これを賃貸人が取得する旨の特約をいいます。
 敷引特約の趣旨としては、①目的物の通常損耗費用の補填、②賃貸借契約成立の謝礼、③更新料の補充、④退去後の空室賃料の補償などが考えられ、この中でも主たる性質は、①の目的物の通常損耗費用補填であると考えられています。

 では、このような敷引特約は、そもそも有効なのでしょうか。
 判例(最判平成23年3月24日民集65巻2号903頁)は、
 「敷引特約は、信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものであると直ちにいうことはできない」
 として、敷引特約が直ちに無効とはしていません。
 ただ、「敷引金の額が高額に過ぎる場合は、…特段の事情のない限り、信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって、消費者契約法10条により無効になる。」
と判示しています。

 そして、敷引額が高額に過ぎるか否かの判断については、通常損耗補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等ほかの一時金の授受の有無およびその額等を考慮するとしています。
 また、特段の事情の例として、賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額である場合を挙げています。

 以上から、有効な敷引特約ある賃貸借契約を締結するには、敷引金の額や賃料、更新料など、様々な対価を含めて各対価が適正な額となっているかを判断する必要があるといえます。
 また、どのような場合に、敷引金の額が高額に過ぎると判断されるのかについては、今後の判例の集積を待つしかありませんが、本判例の事案では、保証金100万円のうち敷引金を60万円とする敷引特約(月額賃料の3.5倍)について、敷引金が高額に過ぎるとはいえないと判断していることから、「高額に過ぎる」と評価される場合は限定的であると考えられます。

 ちなみに、この事件において、判例では、敷引金をもって通常損耗等の回復費用を賄うことが契約書上明示されていた点に着目し、このような場合は、賃借人は賃料の額に加え、敷引金の額についても明確に認識した上で契約を締結するのであるから、通常損耗等の補修費用が含まれないものとして賃料の額が合意されているのが相当とみるべきであるとしています。

 これは、通常損耗は、賃料と対価性があることを前提とする、国土交通省のガイドラインにおける考え方と同じです。すなわち、賃料額、礼金、その他一時金の中から、既に通常損耗回復費用を負担していると考えられる場合に、さらに敷引特約において敷引金で通常損耗回復費用を賃借人に負担させることは、二重に通常損耗回復費用を賃借人に負担させることになるため、この場合の敷引特約は消費者契約法10条により無効となる可能性が高くなります。

 また、通常損耗費用は、建物の経過年数に応じて、その減価分に対応して発生していくことと考えられるため、敷引特約付きの賃貸借契約を締結する場合には、低額な敷引金から始まり、経過年数に応じて増額していく内容の特約が望ましいといえます。

 さらに、契約締結前には、敷引特約及びこれに基づいて発生する賃借人の負担について、十分に賃借人に説明しておくこと,さらにいえば,書面等で証拠化しておくことが重要です。